天守について

天守(重要文化財)

天守写真

天守は三重三階地下一階の層塔型天守で、黒船来航の翌年落成した江戸時代最後の完全な城郭建築です。また、「現存12天守」の中で、唯一、築城主として瓦には葵の御紋が付されています。

天守、小天守、隅櫓を渡櫓で互いに結び、武備に徹したこの天守建造物群は、わが国の代表的な連立式天守を備えた城郭といわれています。

天守の全高は、本壇から20m(しゃちほこの高さを入れると21.3m)。本壇は本丸から8.3mの高さがあり、本丸の標高は約132mであることから、天守の標高は約161mあることになります。これは「現存12天守」の平山城の中では最も高い城郭です。山の高さは、同じ平山城である姫路城の約3倍の高さです。

現存12天守

「現存12天守」

江戸時代には、全国に170箇所はあったとも言われるお城ですが、江戸末期から明治にかけての戦乱や明治政府による廃城令、また天災や第二次世界大戦での戦災などにより、数多くの城郭が失われ、今や江戸時代以前に建造された天守が現代に残っているのは、全国で12城しかありません。これを「「現存12天守」」といいます。

これらの天守は、貴重な歴史的文化遺産として国により国宝や重要文化財の指定を受けています。該当する城郭は次のとおりです。「弘前城」、「松本城」、「丸岡城」、「犬山城」、「彦根城」、「姫路城」、「松江城」、「備中松山城」、「丸亀城」、「松山城」、「宇和島城」、「高知城」(「日本100名城」による順。)

連立式天守

空撮

連立式天守とは城郭の象徴である天守の構成分類の一つで、天守・小天守・櫓を四方に配置し、渡櫓でつなぐ形式をいいます。建物で仕切られた中庭ができるのが特徴で、厳重な防備手法であるため天守防衛の究極の姿であるとも言われており、「現存12天守」の中では、姫路城と同じ構成となっています。

松山城は、日本で最後の完全な城郭建築(桃山文化様式)として、層塔型天守の完成した構造形式を示していると言われています。


名城

日本100名城(平成18年4月6日選定)

100名城 愛媛

「財団法人日本城郭協会」が創立40周年を迎える記念事業として、文部科学省・文化庁の後援や専門家等の協力を得て、明確な基準をもとに最新の学術的研究成果を反映させて選定をしたのが「日本100名城」です。従来も書籍などで100名城と銘打ったものはありましたが、選定基準が客観的なものかどうか明確ではありませんでした。

「日本100名城」は各都道府県1城以上、5城以内の選定となっており、その基準は、

  1. 優れた文化財・史跡であること
  2. 著名な歴史の舞台であること
  3. 時代・地域の代表であること

の3点からなっています。

愛媛県は「松山城」のほか「湯築城」・「今治城」・「大洲城」・「宇和島城」が選ばれており、長野県、兵庫県と並んで最多の5城が所在しています。

また、平成19年6月には、同協会がデザインし、各城郭に番号を割り付けた「日本100名城スタンプ」が設置され、同スタンプを利用したスタンプラリーも開始されています(松山城は81番)。日本の城郭文化を巡る全国規模の本格的なスタンプラリーとして注目を集めるとともに、各名城を訪れた旅の記念になると好評を博しています。

美しい日本の歴史的風土100選(平成19年3月2日選定)

平成19年が「古都保存法」施行40周年に当たることから、「財団法人古都保存財団」などが主催者となり、国土交通省や文化庁などが後援し、学識経験者等による選定委員会の審査を経て決定されたのが「美しい日本の歴史的風土100選」です。

これは、全国に残るすばらしい歴史的風土の保存・継承や観光立国への貢献などを目的に、次世代に継承すべき美しい日本の歴史的風土が良好に残されている地域(都市)を選定したもので、松山市は、「松山城」と「道後温泉」が情緒あるたたずまいが残されていると評価されました。

選定基準は、歴史的意義を有する歴史的・文化的資産を有する地域であることや、歴史的・文化的資産が周囲の自然的環境と一体となって、美しい風情を醸し出している地域であることなどとなっており、観光的にも価値の高いものとなっています。

天守からの眺望

写真
天守から見た本丸広場

城山(勝山)山頂は標高約132mで、天守は更に約30m高くそびえたっているため、江戸時代から今日に至るまで、松山城天守は、圧倒的な存在感を持ったランドマークタワーです。松山平野を360度見渡せるその眺めは正に絶景で、眼下に広がる櫓群など近代城郭の完成度の高さも垣間見ることができます。

天気に恵まれれば、西日本最高峰の石鎚山(1,982m)や瀬戸内海に浮かぶ島々なども見ることができ、江戸時代に建てられた天守から、城主になった気分で大パノラマを存分に楽しめます。もちろん、連立式の城郭ですので、小天守から別の角度で眺めることもでき、見え方の違いも楽しめます。


石垣について

松山城には、堀之内(三之丸)からも見ることができる「登り石垣」という、全国的にも珍しい貴重な石垣があります。

登り石垣とは

登り石垣
登り石垣

「登り石垣」は、山腹から侵入しようとする敵を阻止する目的のため、ふもとの館と山頂の天守を、山の斜面を登る2本の石垣で連結させたもので、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、日本遠征軍の倭城築城で採られた防備手法と言われています。

国内の現存12天守の城郭では、松山城のほか彦根城だけにその存在が確認されており、当時の東洋三国(日本・朝鮮半島・中国)の築城交流史をうかがえる重要な資料として評価されています。

松山城では

登り石垣
県庁裏登城道からご覧ください。

水軍の将であった加藤嘉明は、朝鮮出兵で倭城(安骨浦城)を拠点としており、その経験から松山城築城に際しても、「登り石垣」をふもとの二之丸と標高132mの本丸間の防備として用いたものと考えられています。

松山城の「登り石垣」は、南側の部分はほぼ完璧な形で残っていますが、残念ながら北側は一部分しか残っていません。古図には完全な形で描かれていることから、幕末以降に何らかの理由で、取り壊わされたものと思われます。

※「登り石垣」そのものを登ることはできません。見るためには県庁裏登城道が適しています。

石垣

石垣
大手門跡から迷路のような石垣の重なり

石垣は、近世城郭の大きな特徴で、中部地方より西に作られた城郭に壮大なものが築かれているのも特色の一つです。

江戸幕府は、一国一城令や武家諸法度などにより、石垣の新設はもとより、修復に至るまで厳しく取り締まっており、城の防備能力を大きく左右することの証しともなっています(それに比べ天守以外の櫓の修復などについては、まだ緩やかでした)。


屏風折
屏風折の石垣

松山城の石垣は、倭城の経験がある加藤嘉明により、ほとんどのものが築かれており、特に本丸の高さ14mを超える屏風折の石垣などは壮大なもので、軍事目的を超えた芸術性をも楽しむことができます。

なお、天守のある本壇の石垣は親藩松平氏によって再建されたと言われており、一段と美しい仕上がりとなっています。石垣が描く扇状の曲線美と、その上にそびえる壮麗な城郭、これも松山城の魅力の一つです。

石垣の刻印(サイン)

刻印
本丸広場東石垣の最上部

石垣をよく観察していると、さまざまな模様の刻印を見かけることがあります。この理由は、いろいろな説がありますが、一般的には、石工組頭のサインと言われています。これは、複数のグループが石積み作業に携わっていることから、責任を明確にするため、石材のグループ分けや石工達の作業範囲の区切りのために付けられたというものです。


みどころ&Topics

光のおもてなしin松山城(7/14〜8/14)
ライトアップイベント「光のおもてなしin松山城」を開催します。
松山城マスコットキャラクター「よしあきくん」について紹介。
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