お城の舞
お城の舞とは?
松山城天守にて、松山検番の芸者さんによる伊予節や野球拳(自由参加)などお楽しみいただける催しです。(季節により内容は異なります)
- 開催場所・・・
天守内もしくは山頂本丸広場(日程により異なります) - 料 金・・・・
天守内開催時は、天守観覧料のみ必要です。
開催日程
特別開催月 | 1月・8月・10月 |
---|---|
開催時間 | 各行事により異なります。 ※確定次第、当ホームページにてご案内します。 |
※日程・内容等は予定となりますので、変更または中止となる場合もございます。
松山検番とは?
松山検番は、明治4年の廃藩置県以降、現在の松山市内大街道より西側の二番町を中心に芸者の所属する置屋を統括する組織として創設されました。
戦前は置屋に住み込み芸を磨いてきましたが、戦後は検番に所属する者同士による芸の継承が中心となりました。
伊予節とは?
伊予節の発祥は一般的に、江戸時代の文政~天保(1818~1843年)の間に伊予の名物名所を詠みこんだ郷土民謡として伊予でつくられたものが上方に運ばれ江戸で大流行したものと考えられています。
現在はお座敷唄として芸者さんや愛好家らによって歌い継がれています。
- 【伊予節】
- 伊予の松山名物名所 三津の朝市 道後の湯 音に名高き五色素麺 十六日に初桜 吉田さし桃 小杜若 高井の里のていれぎや 紫井戸や片目鮒 薄墨桜や緋の蕪 ちょいと伊予絣
野球拳のはじまり
大正13年秋、高松屋島球場で実業団親睦野球が行われ、伊予鉄チームは善戦健闘も空しく、8-0で涙をのみました。その晩、高松の旅館で懇親会が催されましたが、グラウンドの敗戦をお座敷の余興で仇をとり、名誉挽回しようと秘策をねりました。伊予鉄軍副監督であり、野球タイムスの主筆であった前田伍健先生(元伊予鉄幹部社員)が、急きょ別室に選手を集め、即席で作詞、作曲した踊りをコーチし宴会で踊ったのが野球拳のはじまりです。
- 【松山検番ホームページ】http://www.geishamatsuyama.jp/
- 【松山検番ブログ】http://ameblo.jp/matsumikai/