豆知識
名称・構造
平山城
城の立地による分類です。丘や山の上部に本丸を置き、その周辺の平地を利用して二之丸などを築き、城郭として一体化したものをいいます。山城の特徴である守りの堅固さと平城の特徴である居館・政庁としての利便性を併せ持つ手法と言われています。現存12天守では、備中松山城が山城、松本城が平城で、それ以外はすべて平山城となっています(松山城は二之丸から本丸までの比高でも約90mもあることから、江戸時代には山城と分類されていたようです)。
望楼型・層塔型

日本で唯一現存する望楼型二重櫓(野原櫓)
天守の構造分類としては望楼(ぼうろう)型と層塔(そうとう)型があり、石垣などの土木技術の進歩とともに、天守建築構造は、武者走りなどの防備の工夫をより高めることができ、工期を短縮できる層塔型へ移行しています。
日本で最後の完全な城郭建築

層塔型天守
松山城は、日本で最後の完全な城郭建築(桃山文化様式)として、層塔型天守の完成した構造形式を示していると言われています。
城郭建築は桃山文化の象徴です。武家諸法度により新たな(天守の)築城や増改築が禁止されたため、江戸時代を通じて作事(建築)技術は衰えていったと考えられています。しかしながら、幕末に落成した松山城天守は見る方向によって意匠が異なる複雑かつ厳重な連立式の構成となっており、本壇の石垣部分の普請(土木)技術を含め完全な桃山文化様式の技法といえます。
江戸幕府の武家諸法度は、天守の新築はもとより増改築も厳しく取り締まっていたため、天災などで失った天守の再建を断念した城郭もありました。しかも、将軍家の居城であった江戸城や大坂城の天守も再建されることがなかったため、何とか再建の許しを得ても幕府に遠慮して「御三階櫓」と名乗ったりするご時世でした。
このような中、防備が厳重な連立式の本格的な大小の天守群の建造を、幕末に松山城ができたのは不思議とも言えます。しかも、本壇(天守丸)に、切込みハギの石垣を用いるなど、初代の加藤氏普請時より格段に精度の高い築城だと考えられています。

松山城夏まつり
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天守・櫓・門
松山城のひみつ
松山城周辺観光情報
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